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■永田・元民主党議員が自殺 偽メール問題で06年辞職 (2008年1月4日 共同通信)
偽メール問題で2006年に議員辞職した永田寿康・元民主党衆院議員(39)が3日、北九州市八幡西区里中3丁目のマンションから飛び降り、同日午後7時すぎ搬送先の病院で死亡が確認された。
福岡県警八幡西署などによると、マンション10階と11階の間の踊り場に、家族あての遺書のようなノートと空になった焼酎の紙パック(1・8リットル)が残されており、自殺とみられる。同日午後6時半ごろ、マンション駐車場に倒れているのを住人が発見し110番した。同区内の病院に入院中だったという。
永田元議員は06年2月の衆院予算委員会で、堀江貴文元ライブドア社長が3000万円を自民党側へ送るよう指示したとの社内メールの写しを示し、自民党を追及。後にメールが偽物と判明し、民主党から半年間の党員資格停止処分を受け、同年4月に議員辞職した。
昨年11月には、病気療養中に福岡県宗像市で自殺未遂を起こし、県警に保護されていた。永田元議員は東大を卒業後、旧大蔵省に入省。衆院議員秘書を経て、2000年の衆院選で初当選し、議員辞職当時は3期目。偽メール問題当時は民主党国対副委員長だった。
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正月気分も抜けない中、ショッキングなニュースが飛び込んできた。永田寿康が自殺をしてしまったのである。3年近く前のことになるが、当ブログでも「堀江メール問題の行方」、「報道から考える永田と民主党」、「民主党 迷走の果て」という3つの記事で取り上げたので、詳しくはそちらをご覧いただきたい。というか、自分も読み直して「あぁ、そうだったな」と思い出した次第。
随分昔のことのように感じてしまうのは、私だけではあるまい。当時民主党代表だった前原誠司は、退任後は存在感を発揮できていない。そして、党役員室長を務めた細野豪志は数多くのテレビ番組に出演していたが、06年夏に山本モナと路上でキスをする写真が報じられ、党政策調査会長代理を辞職。最近はメディアで顔を見かける機会はちょこちょこ。
その山本モナは、不倫報道で始まったばかりのTBS『筑紫哲也 NEWS23』のキャスターを降板。07年明けに復帰し、08年7月にフジテレビ『サキヨミ』でキャスターとなる。番組宣伝広告で「私は、私に、リベンジするの。」というコピーが話題になるも、わずか出演1回でプロ野球選手二岡智宏(読売ジャイアンツ)との不倫が発覚。そして降板。08年いっぱい謹慎となり、二岡は懲罰的な意味で北海道日本ハムファイターズにトレードされた。
…とまぁ、この3年弱でそういうことがあったのである。それにしても忙しいな、山本モナ。
閑話休題。以下Wikipediaからの引用になるが、議員を辞職した後の永田の人生は厳しいものだったようだ。
議員辞職後、次期総選挙で同じく千葉2区からの出馬を模索するが民主党に相手にされず、独自に実父の地元である九州からの出馬を模索するも難航。またこの間、民主党の党籍の解除、親族の経営する会社に入社するも1年足らずでの退社、その後、親族の経営する公認会計事務所に入るも同じくまもなく退社、さらに親族の傷害致死事件や創価学会をめぐる自身の刑事処分(略式で罰金刑)、夫人からの離婚調停などトラブルが頻発し次第に精神に支障をきたすようになる。
2008年11月、実父が関係する福岡県宗像市の医療法人所有の保養所で手首を切って抜け出し、徘徊しているところを警察に保護された。また、夫人との離婚が成立していたこともあわせて報道された。
どうにか国政復帰しようと手を尽くしたことがうかがえる(調べてみたところ、確かに千葉2区では既に別の人間が民主党公認となっていた)。親が有力な資産家で多くの援助を受けてきて、なまじ東大卒→大蔵省官僚→代議士というエリートの道を歩んだことから、焦りもあったかもしれない。国会に登壇することが事実上不可能な状況に、彼は絶望してしまったのだろうか。心を病んでいたのなら、衝動的に死を選んだのかもしれないが…。議員時代の言動を見ると、仮に復帰したとしてどこまで活躍できたかは疑問である。しかし、今はその死を悼みたい。
作っている人:ガチャピン
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