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[C713] 希望

カズは一つ年下でまさに同世代です。私もそうだったのですが、この世代はいわゆる少年サッカーのはしりの頃で、カズ選手を見ていると、「オレもまだまだ」と勇気や希望をもらえる元サッカー少年の中年オヤジも多い事でしょう。
横浜FC設立当初は、J1昇格などは浦和レッズが優勝するより難しいと思っていましたが、そのレッズも今週末優勝できそうです。
確か反町もフリューゲルスだったような気が・・・
  • 2006-11-28
  • ドカター
  • URL
  • 編集

[C715] ドカターさん

おお、カズと1つ違いでしたか。同世代のスポーツ選手から刺激を受ける
事は多いですよね。活躍している時はもちろん、引退のニュースを聞いた
時は一際寂しく感じたりします。

おっしゃる通り、浦和レッズはようやくJリーグ王者になるチャンスを迎えて
います。ここ4年ほどは力をつけてきていますから、良い結果が出せると
いいですね。ただ前節のFC東京戦のような戦い方をしていたら、危ない
気はします。強い気持ちを出せるかがポイントでしょう。

U-21監督である反町康治は、確かに全日空-横浜フリュゲールスで
プレーしていました。当時は「サラリーマンJリーガー」なんて言われま
したね。もっとも、彼のキャリアはベルマーレ平塚を中心に見るべきだ
と思います。

[C716] 予想通り

やっぱり このテーマで書いてきたね

フリューゲルスが消滅の時 も今と変らず
全日本だけ見るだけのにわかサッカーだったんだけど
あの時 やっぱサッカーのプロ化は日本では厳しいんだな
って感じでたかをくくってたら
プロ野球の近鉄が消滅したり 野球の方でも同じ事が起こったしね。

 今回の件は、当時のファンたちの喜びを想像しただけで興奮する。 ファンでなかった俺ですら興奮するんだし。。。
 
 楽天は市民球団じゃないけど 優勝した時 同じように興奮できるか見ものです。


  • 2006-11-28
  • いっせい
  • URL
  • 編集

[C717] いっせいさん

うむ、このテーマで書いたよ(笑)

フリューゲルス消滅のニュースが出る数ヶ月前に、日本はフランス
W杯で3連敗していた。それで社会的な人気は下がっていたから、
君のように「やっぱりサッカーでは…」という意見は出たね。「平成
不況で社会人スポーツが次々と廃部になっている中、サッカーも
また例外ではない」という声もあった。

あの事件に意味があったとしたら、それは「他のクラブが同じやり
方を真似できなくなった」という事。苦しい経営をしていたクラブが
多かったけど、クラブをなくすという選択は大きな反発を招く、とい
う事がわかった。近鉄バファローズ消滅については、何か学んだ
のだろうか。そうは思えないんだが。

楽天の優勝かー。戦力やチーム運営方針を見ると、すぐには難し
そうだな。あと、ファンを獲得する為に「他の球団とはここが違う」と
いう売りが必要だと思う。

[C723] やっぱり

コメントせずにはいられないネタですね、私にとって。
フリューゲルスが初めてスタジアムで見たチームで
最初で最後の「私はこのチームのサポーターなんだよ。」
って言えたチームでしたから、きっと。

言い訳をさせてもらえれば、フリューゲルスの消滅と共に
私のJへの関心も薄れていったので、その後の横浜FCの
動向を気にし続けていたわけではないのですが
(取り敢えず結果と、何かニュースがあれば…程度で。)
カズのプロ意識みたいなものが、他の選手をも変えたのかも
しれませんね。
自分の憧れの選手が、専用グラウンドもないチームで
必死に戦う姿は、やはり誰しもが感じる物もあったでしょうし。

フリューゲルスとは違うチームですが
何だか今は「おかえり。」と言ってあげたい気持ちです。

【不言実行 山口素弘】スタジアムで掲げられていたんですが
子供だったので、あんまり意味が理解できなかったんですよ。
それなのに、今でも覚えてるなんて不思議です(笑)

[C726] Aliceさん

お久しぶりです。フリエに思い入れがあった人にとって、多かれ
少なかれ感慨を抱くニュースでしょうね。あれからもう8年近くに
なります。

当初は横浜FCは「自分達の手でフリエを復活させよう」という
方向でやっていました。しかし「フリューゲルス」という名前
の権利をFマリノスが持っていて手放さない、また横浜FCもそ
れを求めない、といった事が決まってだんだんと路線転換して
いったようです。

山口素弘のインタビュー映像を観ましたが、彼は割と淡々と
喋っていましたね。でも今シーズンが開幕して三ツ沢のピッチ
に立った時は、「戻ってきたんだな」という思いがこみ上げて
きたそうです。

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横浜FC 夢の結実

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■カズも感動!Vで決めた!横浜FC、2949日目のJ1昇格 (2006年11月27日 サンスポ)
 J2第51節(26日、鳥栖0-1横浜FC、鳥栖スタジアム)
サポーターの声援に応える城(左)とカズゼロからスタートしたチームが、J1へたどりついた。横浜FCが鳥栖に1-0で勝って勝ち点90、2位神戸が引き分け、3位柏が敗れたため、J2優勝と、初のJ1昇格を決めた。専用グラウンドもないハンディのなか、ベテランと若手が融合してつかんだ栄冠。この勢いのまま、J1の舞台で台風の目となる。

歓喜は“密室”で訪れた。敵地で鳥栖を下した約2時間後、イレブンは福岡空港に移動するバス車内で吉報を聞いた。「聞いた時には非常に感動しましたね。1年半前に来た時のことを思いだした。J1昇格がどれだけ大変か分かっていたんで、きょうは本当に感動した」。FW三浦知は「感動」の二文字を何度も繰り返した。羽田空港到着ロビーには約100人のサポーターが「横浜FC、横浜FC」と歓喜の歌を叫ぶ。

2949日目の栄誉だった。8年前(1998年)の10月29日。フリューゲルスの呼称で親しまれた横浜Fが親会社の撤退で横浜Mに吸収。選手、サポーターが署名、募金活動で存続を訴えたが願いはかなわず。天皇杯優勝とともに横浜Fは消滅した。

“悲劇”を下地に、出資企業に左右されない市民クラブとして創設されたのが横浜FCだった。翌年、特例でJFLの準会員として活動をスタート。しかし、資金は乏しく02年には最下位も経験。クラブハウスも専用練習場もない。今もコインシャワーで汗を流す日々を送る。

羽田空港で会見に臨む三浦知良(左)と奥寺康彦社長そんな小クラブの躍進を支えたのが“注目”だった。03年には城彰二、05年は三浦知良とMF山口素弘、今年はDF小村徳男ら98年フランスW杯組を獲得した。特に練習から常に全力で戦うカズの姿は「人生の中で三浦知良選手は憧れ。一緒に目標を達せて本当に幸せ」との城の言葉通り周囲の刺激となった。スター加入で注目も高まり、プロ意識が芽生え始めた。今季は開幕戦後に足達監督が解任されると、三浦らと同世代の高木琢也コーチが監督昇格した。

「クラブというのは色んな波を乗り越えていくもの。みんなの思いのこもったチームだと思う。これからも苦しみ、きょうのような喜びもある」。カズの言葉がすべてを表す。今も横浜Fの愛称、『フリエ』で呼ばれる横浜FC。そのフリエが来季、J1の舞台に立つ。(了)

***********************************

昨日のスポーツニュースで最も世間の関心を集めたのは、競馬のジャパンカップ(G1)でディープインパクトが優勝した事かもしれない。しかし、Jリーグ誕生から観ているサッカーファンなら、このニュースに大きな感慨を抱くだろう。あの横浜FCがとうとうJ1に昇格したか、と。

・横浜フリューゲルスの消滅
1998年10月29日スポーツ報知1998年10月28日。横浜フリューゲルス出資会社の1つである佐藤工業が、経営不振のためチーム運営からの撤退を表明。もう1つのメインスポンサー全日空も航空業界の競争激化により、単独でチームを支える力がなかった。そして横浜マリノスの親会社日産自動車と協議した結果、チームはマリノスに吸収合併される事に。Jリーグもそれを承認した。しかし事前に全く説明がされていなかった為に多くのサポーターが反発。合併反対の署名運動などが行われたものの、決定は覆らなかった。
当時クラブの実力は中堅クラスだったが、合併報道後の試合は連戦連勝。そして1999年元旦に行われた天皇杯の決勝戦。満員に膨れ上がった国立競技場で清水エスパルスと対戦し、2-1で勝利。その試合を最後に、横浜フリューゲルスはピッチから消えた。
{余談だが、10月28日は他にも話題がある日だった。サッカー日本代表はエジプトと親善試合を行い、1-0で勝利(得点者:中山雅史)。この試合でフィリップ・トルシェが初めて指揮を執った。また、プロ野球では新人王の発表。この年のセ・リーグはレベルが高く、川上憲伸(中日)、高橋由伸(読売)、坪井智哉(阪神)、小林幹英(広島)ら4人の争いだった。結果は川上が受賞。一方のパ・リーグは小関竜也(西武)が選出されたものの、成績が低調だった為に「新人王として相応しいか」論議を呼んだ}

閑話休題。
フリューゲルスの存続を訴えていた人々を中心に作られた市民クラブ、それが横浜FCである。再びJ1の舞台に上がる事を目標にスタートしたが、道のりは険しかった。JFLを2年連続優勝で通過したものの、J2では苦戦の連続。2001年から5年戦って最高順位が8位と、昇格圏内の3位には程遠かった。クラブの成績同様、運営がうまくいっていない事も時折ニュースで耳にしていた。横浜FC-Wikipediaを読むと、苦労のほどが窺える。夢や理想だけでは、クラブを運営する事はできないのだ。

2006年シーズン前にJ2の順位予想をしてみたところ、横浜FCは5位前後に落ち着いた。「昇格争いに絡む事ができれば御の字」という評価。開幕戦後に監督を解任した時は、その予想ですら甘かったかもしれない、と感じた。それが優勝してしまうのだから、わからないものだ。選手もサポーターも本当に嬉しい事だろう。カズや城に関する話題が多いが、最も思い入れがあるのは山口素弘かもしれない。彼は横浜フリューゲルス最後のキャプテンだったからだ。

来季、横浜FCの前には更に厳しい戦いが待ち受けている。昇格1年目のクラブにとって、J2降格を免れるだけでも大変な事だ。色々な点で不安を抱えているクラブがどのように戦うのか、注目していきたい。しかし今この時は、喜びをかみしめてもいいだろう。おめでとう、横浜FC。

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[C713] 希望

カズは一つ年下でまさに同世代です。私もそうだったのですが、この世代はいわゆる少年サッカーのはしりの頃で、カズ選手を見ていると、「オレもまだまだ」と勇気や希望をもらえる元サッカー少年の中年オヤジも多い事でしょう。
横浜FC設立当初は、J1昇格などは浦和レッズが優勝するより難しいと思っていましたが、そのレッズも今週末優勝できそうです。
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  • 2006-11-28
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[C715] ドカターさん

おお、カズと1つ違いでしたか。同世代のスポーツ選手から刺激を受ける
事は多いですよね。活躍している時はもちろん、引退のニュースを聞いた
時は一際寂しく感じたりします。

おっしゃる通り、浦和レッズはようやくJリーグ王者になるチャンスを迎えて
います。ここ4年ほどは力をつけてきていますから、良い結果が出せると
いいですね。ただ前節のFC東京戦のような戦い方をしていたら、危ない
気はします。強い気持ちを出せるかがポイントでしょう。

U-21監督である反町康治は、確かに全日空-横浜フリュゲールスで
プレーしていました。当時は「サラリーマンJリーガー」なんて言われま
したね。もっとも、彼のキャリアはベルマーレ平塚を中心に見るべきだ
と思います。

[C716] 予想通り

やっぱり このテーマで書いてきたね

フリューゲルスが消滅の時 も今と変らず
全日本だけ見るだけのにわかサッカーだったんだけど
あの時 やっぱサッカーのプロ化は日本では厳しいんだな
って感じでたかをくくってたら
プロ野球の近鉄が消滅したり 野球の方でも同じ事が起こったしね。

 今回の件は、当時のファンたちの喜びを想像しただけで興奮する。 ファンでなかった俺ですら興奮するんだし。。。
 
 楽天は市民球団じゃないけど 優勝した時 同じように興奮できるか見ものです。


  • 2006-11-28
  • いっせい
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[C717] いっせいさん

うむ、このテーマで書いたよ(笑)

フリューゲルス消滅のニュースが出る数ヶ月前に、日本はフランス
W杯で3連敗していた。それで社会的な人気は下がっていたから、
君のように「やっぱりサッカーでは…」という意見は出たね。「平成
不況で社会人スポーツが次々と廃部になっている中、サッカーも
また例外ではない」という声もあった。

あの事件に意味があったとしたら、それは「他のクラブが同じやり
方を真似できなくなった」という事。苦しい経営をしていたクラブが
多かったけど、クラブをなくすという選択は大きな反発を招く、とい
う事がわかった。近鉄バファローズ消滅については、何か学んだ
のだろうか。そうは思えないんだが。

楽天の優勝かー。戦力やチーム運営方針を見ると、すぐには難し
そうだな。あと、ファンを獲得する為に「他の球団とはここが違う」と
いう売りが必要だと思う。

[C723] やっぱり

コメントせずにはいられないネタですね、私にとって。
フリューゲルスが初めてスタジアムで見たチームで
最初で最後の「私はこのチームのサポーターなんだよ。」
って言えたチームでしたから、きっと。

言い訳をさせてもらえれば、フリューゲルスの消滅と共に
私のJへの関心も薄れていったので、その後の横浜FCの
動向を気にし続けていたわけではないのですが
(取り敢えず結果と、何かニュースがあれば…程度で。)
カズのプロ意識みたいなものが、他の選手をも変えたのかも
しれませんね。
自分の憧れの選手が、専用グラウンドもないチームで
必死に戦う姿は、やはり誰しもが感じる物もあったでしょうし。

フリューゲルスとは違うチームですが
何だか今は「おかえり。」と言ってあげたい気持ちです。

【不言実行 山口素弘】スタジアムで掲げられていたんですが
子供だったので、あんまり意味が理解できなかったんですよ。
それなのに、今でも覚えてるなんて不思議です(笑)

[C726] Aliceさん

お久しぶりです。フリエに思い入れがあった人にとって、多かれ
少なかれ感慨を抱くニュースでしょうね。あれからもう8年近くに
なります。

当初は横浜FCは「自分達の手でフリエを復活させよう」という
方向でやっていました。しかし「フリューゲルス」という名前
の権利をFマリノスが持っていて手放さない、また横浜FCもそ
れを求めない、といった事が決まってだんだんと路線転換して
いったようです。

山口素弘のインタビュー映像を観ましたが、彼は割と淡々と
喋っていましたね。でも今シーズンが開幕して三ツ沢のピッチ
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