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[C648]

Uインターと言えば、高田の元一番弟子ともいえる、田村潔が「高田さん!僕と一度真剣勝負で戦ってください!」みたいなアピールして、モロに暴露してしまったことがありましたね。^^; 時は流れて、PRIDEでの高田の引退試合、対戦相手務めた田村が、フック一発で高田をKOしたあと呆然と座り込んだ後涙したシーンはUインター当時から言っている自分といしては中々感動的でした。
Uの血統を継ぐ男と言えば、桜庭ももう40近く・・。 随分時間流れましたねぇ~^^; プロレスマニア歴が結構長かったので、インディー団体の味わい悲哀、でもインディーでしか味わえない魅力があって面白かったです。^^
FMWとかIWAジャパンとか行ったな~笑
  • 2006-10-03
  • Ray
  • URL
  • 編集

[C649] Rayさん

田村潔司については、本書の中でも触れられています。その発言を
した頃は、高田にとって「生意気な小僧」くらいの認識だったようです
ね。団体として、田村の存在を持て余していました。高田はUインター
では運営業務に忙殺されていたそうなので、彼自身は「田村を育て
た」という意識は持ってないようです。安生洋二の方がずっとかわい
い存在でしょうね。

おっしゃる通り、桜庭も年を取りました(現在37歳)。グレイシーハン
ターと呼ばれ、日本の総合格闘技エースだったのはもう6,7年前の
話です。その後、彼ほど華々しく活躍した選手はいませんね。

今でもプロレスのインディーズ団体は色々ありますが、昔と変わら
ずどこも運営は厳しいでしょうね(FMWは知っていましたが、IWA
ジャパンは知りませんでした)。

[C650]

なるほど・・・確かにUインターのNo2だったかも知れませんが、育てた感じはなかったんでしょうね。^^; 持て余してたというのも分かる気がします。明らかに「実力」という面ではずば抜けていたでしょうし。 
Uインターも安生始め、高山、山崎、と純プロレスラーとして成功した選手は結構います。 
IWAジャパンは元々WINGという団体の全身に持つ、日本版ECWのようなハードコア路線を売りにした団体だったのですが、全盛期(といっても2年くらい・・)には結構有名選手が多く、タイガージェットシンやテリー・ファンク、後のWWEのスーパースター、カクタス・ジャックといった選手からサイン貰って、写真撮ったのはいい思い出です。^^ ちなみにデビュー当時の田尻さんとも写真撮りました☆
  • 2006-10-04
  • Ray
  • URL
  • 編集

[C651] Rayさん

高田の場合は「自分はプロレスラー」と考えていたようですが、田村は
もともと総合格闘家の志向が強かったんでしょうね。新日本プロレス
との対抗戦にも出場しませんでしたし、Uインターの後はリングスに参
戦してます。ポリシーの違いが、高田との確執になったんでしょう。

田村が高田とではなく、桜庭とやれば試合として注目を浴びたはず。
でも、田村が断り続けていたようですね。桜庭がPRIDEを去り、高田
道場を離れた今となっては、恐らく実現不可能なカードでしょうね。

IWAジャパンには有名な選手がいたんですね。今となっては懐かしい
名前も見えますが…。ご覧になったのは12年くらい前ですかね。その
頃だと、田尻が今のRayさんより若かったんですな。

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金子達仁【泣き虫】

あなたは人目のお客様です。

金子達仁 単行本:325p 価格:1680円
 ジャンル:スポーツノンフィクション
 出版社:幻冬舎
 初版:2003年11月19日

  評価:60点

1981年に新日本プロレスでデビューし、以後新旧UWF、UWFインターナショナル、PRIDEのリングで戦った高田延彦の半生について書かれた1冊。「プロレス界のタブーを破った暴露本」として、話題になった。そのタブーとは、「プロレスの勝敗は試合前に決まっている」という事。マッチメイクの段階で試合展開や結末を決めておくのが、業界の慣例である。
多くのファンは知っている事実だったが、それを業界人が認めるのは異例であった。本が出版されるまで高田の妻である女優・向井亜紀はその事を知らず、夫は命を懸けてリングに上がっていると思っていた。ショックが大きかった為に離婚を考えた、と言われている。

PRIDE-1 高田延彦対ヒクソン・グレイシー。PRIDEはこの2人が戦う為に始まったイベント。高田がプロレスラーを志したのは、アントニオ猪木への憧れから。彼にとって猪木こそ強さの象徴、プロレスこそ最強だった。前田日明や藤原喜明の厳しい指導のもと、実力をつけていく高田。しかし、プロレスラーはただ強ければいいわけではない。「強くなりたい」という気持ちと「シナリオ通りにやらなくてはいけない」という現実が、彼を苦しめたようだ。

読んでいて感じるのは、プロレス興行の難しさ。テレビ中継のないインディーズ団体にとって、チケットの売れ行きは死活問題。高田が社長を務めたUインターは比較的人気の高い団体だったが、内情は火の車だったという。日本武道館や横浜アリーナといった会場で大物外国人を招聘したカードは、満員にできた。しかし、そういった開催規模の大きな大会に人気が集中すると、地方の公民館で行うような試合はガラガラであった。

白ふんどし一丁で大太鼓を乱れ打ち。 (大晦日のPRIDE男祭りにて)この本が面白いか否かは、「読者が高田延彦にどれだけ思い入れがあるか」という点が大きいように思う。私はどちらかといえば「ない」人間。高田の試合はテレビを通じて観ているものの、「プロレス最強」という肩書きを信じていたわけではなかった。業界内部の話は興味深いし、よくここまで心情を吐露したとは思う。しかし、それはあくまで彼から見た真実。他の人なりの真実もまた、存在するだろう。文章は読みやすいが、素直に受け入れにくい部分はあった。著者の金子達仁がプロレスについて詳しいわけではなく、高田の証言にかなり頼っている部分も気になった。

引退後の高田は、総合格闘技PRIDEで解説を担当。少ない語彙と感覚的な喋りが特徴であり、内容は素人っぽい。視聴者以上に興奮している事も多い{詳しくは【ヲタ部の部室】-田延彦名言集を参照}。「男の中の男、出てこいや!」というかけ声には、当初失笑するファンが多かった。それでも、時間が経つにつれてPRIDEの名物となる。しかしフジテレビが中継を止めてしまったので、地上波で彼の解説を聞く事ができなくなってしまった。いささか残念。

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[C648]

Uインターと言えば、高田の元一番弟子ともいえる、田村潔が「高田さん!僕と一度真剣勝負で戦ってください!」みたいなアピールして、モロに暴露してしまったことがありましたね。^^; 時は流れて、PRIDEでの高田の引退試合、対戦相手務めた田村が、フック一発で高田をKOしたあと呆然と座り込んだ後涙したシーンはUインター当時から言っている自分といしては中々感動的でした。
Uの血統を継ぐ男と言えば、桜庭ももう40近く・・。 随分時間流れましたねぇ~^^; プロレスマニア歴が結構長かったので、インディー団体の味わい悲哀、でもインディーでしか味わえない魅力があって面白かったです。^^
FMWとかIWAジャパンとか行ったな~笑
  • 2006-10-03
  • Ray
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  • 編集

[C649] Rayさん

田村潔司については、本書の中でも触れられています。その発言を
した頃は、高田にとって「生意気な小僧」くらいの認識だったようです
ね。団体として、田村の存在を持て余していました。高田はUインター
では運営業務に忙殺されていたそうなので、彼自身は「田村を育て
た」という意識は持ってないようです。安生洋二の方がずっとかわい
い存在でしょうね。

おっしゃる通り、桜庭も年を取りました(現在37歳)。グレイシーハン
ターと呼ばれ、日本の総合格闘技エースだったのはもう6,7年前の
話です。その後、彼ほど華々しく活躍した選手はいませんね。

今でもプロレスのインディーズ団体は色々ありますが、昔と変わら
ずどこも運営は厳しいでしょうね(FMWは知っていましたが、IWA
ジャパンは知りませんでした)。

[C650]

なるほど・・・確かにUインターのNo2だったかも知れませんが、育てた感じはなかったんでしょうね。^^; 持て余してたというのも分かる気がします。明らかに「実力」という面ではずば抜けていたでしょうし。 
Uインターも安生始め、高山、山崎、と純プロレスラーとして成功した選手は結構います。 
IWAジャパンは元々WINGという団体の全身に持つ、日本版ECWのようなハードコア路線を売りにした団体だったのですが、全盛期(といっても2年くらい・・)には結構有名選手が多く、タイガージェットシンやテリー・ファンク、後のWWEのスーパースター、カクタス・ジャックといった選手からサイン貰って、写真撮ったのはいい思い出です。^^ ちなみにデビュー当時の田尻さんとも写真撮りました☆
  • 2006-10-04
  • Ray
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[C651] Rayさん

高田の場合は「自分はプロレスラー」と考えていたようですが、田村は
もともと総合格闘家の志向が強かったんでしょうね。新日本プロレス
との対抗戦にも出場しませんでしたし、Uインターの後はリングスに参
戦してます。ポリシーの違いが、高田との確執になったんでしょう。

田村が高田とではなく、桜庭とやれば試合として注目を浴びたはず。
でも、田村が断り続けていたようですね。桜庭がPRIDEを去り、高田
道場を離れた今となっては、恐らく実現不可能なカードでしょうね。

IWAジャパンには有名な選手がいたんですね。今となっては懐かしい
名前も見えますが…。ご覧になったのは12年くらい前ですかね。その
頃だと、田尻が今のRayさんより若かったんですな。

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東京のIT系企業に勤める男。1977年生まれ。趣味は読書、スポーツ観戦、トレーニング、ブログ、映画鑑賞。

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