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1996年のPCとネット

あなたは人目のお客様です。

ラーメンズの出演するマッキントッシュのCMお笑いコンビ・ラーメンズの出演するマッキントッシュのCMが好きだ。嫌味ったらしいWindowsのCMと違って、ユーモアがある。私が初めて買ったPCはマックだった。AppleのMacintosh PowerBook 520Cというノートパソコン。1996年のことだ。
そのPCを購入したのには、理由がある。大学時代、私の学部ではノートPCを持つ事が学生に義務付けられていた。何でも良いわけではなく、Mac限定。大学の生協でモデル機種(ソフトインストール済み)が売ってあったので、それを購入した。PCの普及率が低い時代だったので、ほとんどの学生がそうやって購入した。520cが発売されたのは1994年。だから購入した時点で、2年落ちの機種だった。OSは漢字Talk 7.5。 HDD:320MBメモリ:12MBモニター:256色。今からすると悲しいくらいのスペック。それでも当時は24万円くらいした(ヒューレット・パッカードのプリンタと、異様にでかいCD-ROMドライブ付き)。記憶媒体は、1.44MBのフロッピーディスク。

近年ではすっかり「Apple=iPodのメーカー」という認識が定着したが、かつてはApple=Macだった。昔からマニアに人気があり、デザインや医療関係の人からも支持されてきた。Windowsと比較しても、Macの方が初心者にとって使いやすい。マウスのボタンは1つで、直感的な操作ができる。学部の公式PCに選ばれたのも、そういう背景があったから。当時はアメリカでも「学生時代はMacを使い、社会人になったらWindows」というケースは多く見られた。Windows95が発売されたばかりの話だ。
私は520cを4年間使い続けたが、それはトラブルとの戦いだった。とにかく問題が起きやすい。他の人と比べても、やけに頻度は高かった。対処するのに、多くの労力とお金を費やした。学内でPCについて知っている人間は限られていたので、困った時は試行錯誤して、自分で何とかするほかなかった。今のようにネットが発達していなかったので、検索してもめぼしい情報は見つからず。そもそも検索エンジンの性能があまり良くなかった。Yahoo!が改善されたのも、Googleという強力なライバルが誕生してからだと思う。

在りし日のPowerBook520c家からネットに接続する事も楽ではなかった。当時使っていたのは大学のネットワーク。民間プロバイダーは支払い方法がクレジットカード限定のものが多かったし、わざわざ契約するメリットは少なかった。しかしながら、大学ネットにしても問題は多かった。学生総数は2万4千、そのうちアカウント(ID)を持っていたのが1000人。しかし、用意された電話回線が20しかなかった。夜中の混む時間帯(23:00~1:00)は、なかなかつながらない。またダイアルアップ回線だったので、つないでいる最中に電話がかかってくると簡単に落ちた。アクセスポイントが大学所在地にしかない為、休暇中に地元に帰ったりすると電話代が高くついた。学生のほとんどはネット利用がメールチェックのみ。まぐまぐなど、メールマガジンが脚光を浴びたのはその頃だった。

授業以外でPCやネットを使わない人も多かった。「2週間以上メールチェックしていない」という人も珍しくなかったので、メールを送った後で確認の電話をしなくてはいけなかった。実に面倒な話である。課題をメールで提出する講義もあったが、中にはメールを信用していない教授もいた。「休暇中の課題をメールで送った後、念の為にフロッピーに落として郵送するように」との指示。私はしっかりと話を聞かずに「メールもしくは郵送」の二択だと解釈し、メールしか送らなかった。その事で教授と喧嘩になり、危うく単位を落としそうになった事を覚えている。

約10年前と現在を比べると、隔世の感がある。「休み時間に学生は大学のPCルームに行列を作り、ようやくPCの前に座ったかと思えば、やるのはメールとニュースのチェックくらい」……そんな用事だったら、今時携帯電話1つで片づいてしまう。試験期間中、大学図書館から借りたい本が全てなくなっていても、昔ほど慌てはしないだろう。ネットを探せば、何かしら資料は見つかるものだ(中には、私のブログを資料にレポートを書いた人もいる)。しかし、便利になる事で生まれる落とし穴もある。

■ウィキペディア頼み、誤答続々 米大学が試験で引用禁止(2007年2月23日 朝日新聞)

米バーモント州にある名門ミドルベリー大学の史学部が、オンラインで一定の利用者が書き込んだり修正したりできる百科事典「ウィキペディア」を学生がテストやリポートで引用することを認めない措置を1月に決めた。日本史の講義をもつ同大教授がテストでの共通の間違いをたどったところ、ウィキペディア(英語版)の「島原の乱」(1637~38)をめぐる記述にたどり着いたことが措置導入の一つのきっかけになった。

日本史を教えるニール・ウオーターズ教授(61)は昨年12月の学期末テストで、二十数人のクラスで数人が島原の乱について「イエズス会が反乱勢力を支援した」と記述したことに気づいた。「イエズス会が九州でおおっぴらに活動できる状態になかった」と不思議に思って間違いのもとをたどったところ、ウィキペディアの「島原の乱」の項目に行き着いた。ウィキペディアに基づいて答案を書いたと思われる例は以前からあったという。「大変便利で、調べごとの導入に使うことに全く異存はないが、一部の学生は書いてあることをそのまま信じてしまう」と教授は言う。

同大史学部では1月、「学生は自らの提供する情報の正確さに責任をもつべきで、ウィキペディアや同様の情報源を誤りの言い逃れにできない」として引用禁止を通知した。ドン・ワイアット学部長によると、「同様の情報源」とはウェブ上にあって多数の人間が編集することができ、記述の正確さが担保できない情報源を指すという。学生の多くは納得したが、「教員が知識を限定しようとしている」との不満も出た。他学部には広まっていないという。

島原の乱をめぐる記述はニューヨーク・タイムズ紙がこの問題を取り上げた21日、修正された。ウィキペディアの創始者のジミー・ウェルズさん(40)は「慈善的に人間の知識を集める事業であり、ブリタニカと同様以上の質をめざして努力している。ただ、百科事典の引用は学術研究の文書には適切でないと言い続けてきた」と話す。
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確かにWikipediaの情報には、時々誤りが見られる。気づいた時に私も訂正しているが、合っているかどうか判断するにも知識は必要だ。簡単に多くの情報が手に入る時代だからこそ、注意しなくてはいけない。PCやネットの発展していく中で、そのことは心に留めておきたいものだ。

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