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カモメは飛びだった

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2日経ってしまったが、千葉ロッテマリーンズ優勝おめでとうございます。にわかファンは別として、長年応援してきた人達は感慨もひとしおだろう。
マサカリ投法の村田兆治が剛球を投げ、落合博満が2年連続三冠王を取っても優勝できなかった、1980年代のロッテオリオンズ。ロッテは「弱くて人気のない球団」の代名詞だった。「巨人のレギュラーは知っていても、ロッテの4番は知らない」と揶揄(やゆ)される事もしばしば。

「巨人はロッテより弱い」という台詞を覚えている方もいるだろう。それは1989(平成元)年に行われた日本シリーズ、巨人対近鉄の事。10/24に行われた第3戦、近鉄は3-0で勝利を収める。これでチームは3連勝。日本一に王手をかけた。翌日の新聞に踊ったのが「巨人はロッテより弱い」という言葉(そのシーズンでロッテは最下位だった)。言ったとされるのは、第3戦の勝利投手・加藤哲郎。その後巨人が4連勝して近鉄は敗れてしまった為に、「加藤の発言が巨人を怒らせた」と言われる事になった。しかし、実際のところ彼がお立ち台で語ったのは「シーズン中のほうがよっぽどシンドかったですからね。相手も強いし、ええ」であり、「巨人はロッテより弱い」などとは言っていない(インタビュー全文はこちら)。いわばマスコミが作り上げた台詞であり、結果として加藤には気の毒な事になった。

1992年から本拠地を千葉に移し、チーム名が変わっても相変わらずロッテは弱かった。何しろ1986~2005年までの20年間、Aクラスに入ったのはわずかに2回。1995年ボビー・バレンタインが初めて指揮した時(2位)と、優勝した今年だけである。かつてバレンタイン監督が1年で解任された事について、広岡達朗GM(当時)に腹を立てたファンも多かっただろう。阪神も弱かったので、【阪神対ロッテ】というカードは「逆日本シリーズ」としか考えられなかった。

チームのマスコット マーくん ※アヒルではなくカモメ
チームのマスコット マーくん ※アヒルではなくカモメ

1998年にはプロ野球新記録となる18連敗。印象に残っているのは7/7の対オリックス戦(グリーンスタジアム神戸)。この時点で連敗は16を数え、日本タイ記録となっていた。ロッテの先発黒木知宏は好投し、3-1で迎えた9回2死1塁。レフトスタンドには、祈るように試合を見つめるロッテの応援団がいた。だが、オリックス・プリアムの打球がその思いを打ち砕く。レフトポール際へのツーランホームラン。3-3。黒木はマウンドで崩れ落ちた。交代ピッチャーがマウンドに来るまで、そこを動けなかった。試合は延長戦へ。12回裏にマウンドに立っていたのは藤田宗一。彼は広永に代打満塁サヨナラホームランを打たれ、ロッテは17連敗となった。しかし、それでも応援団は大きな声援を送り続けた。{実際にこの試合を観戦した人の記録}この時のメンバーで現在も同球団でプレーする選手は多い。小宮山悟初芝清堀幸一藪田安彦福浦和也小坂誠……彼らは当時を振り返って、どんな事を思うのだろうか。

ただ、球団の未来は決して明るい事ばかりではない。昨年に福岡ダイエーホークス、西武ライオンズという2球団との合併話が出た理由は経営状況が悪いから。日本一の応援団といっても、陣取っているのは最も安い外野席。今年の観客動員数最高を記録したのも、プレーオフに入ってからである。2005年の収支は30億円の赤字。来年度は選手の年俸上昇に伴い人件費が膨らみ、またバレンタイン監督の去就も不透明。取り組むべき課題は多い。
しかし、今はひとまず喜びを分かち合うべきだろう。31年間選手とファンが流してきた涙と汗は、きっとこの時の為にあったのだ。 「そのチームは、1番です」 バレンタイン監督の言葉は、これから語り継がれていく事だろう。
喜ぶロッテナイン

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■コメント
ナメラ商店街 - 2005/10/29 16:19
マリーンズが日本一になった今、胸を張って「私はマリーンズファン!」と言いたいけど何せ周りは阪神ファンばかりでコワイので少し控えめに優勝を喜んでいます…(笑) 「I BELIEVE」栄光の日を信じて、応援し続けてよかった。ファンになってから10年の間に、千葉まで「遠征」したこともあったなぁ…。 そして、これからも26人目の戦士として応援し続けます!

★ナメラ商店街さんは関西在住ですからね。これで千葉に住んでいたらスタジアムに行き、気兼ねなく喜べたのでしょうが。 今後もマリーンズを応援してあげてくださいw

Cass - 2005/10/29 17:23
川崎時代の末期を知っているので、しみじみヨカッタねえ、と祝福したくなります。あの頃は、「テレビじゃ見れない川崎劇場」とか、もうほとんどヤケッパチの宣伝をしてましたね。牛島がリリーフエースだったような気が・・・ 千葉に移ってからも、毎年のように首位打者を出していたにも関わらずまったく目立たず、唯一目立ったのはバレンタインが監督やってた年でした。広岡ジャーマネと彼が何で衝突したのか、よく分かりませんが、「ボビー辞めないで!」のプレートを掲げて応援してたファンの気持ちはすごくよく分かった。山本功児監督も悪い人ではなかったのですが、なんたって地味。でも、いま活躍してる選手をスカウトしたのは、山本さんの時代なんでしょうね。逆指名なんてほとんど縁がない球団でしたから、さぞかし苦労されたのでは?とアタマが下がります。実は「戦力が整ったので満を持してボビー」だったのかも知れませんね。 ところで、バレンタイン監督がベンチで常にガムを噛んでいるのは、あれは親会社への気遣いなのでしょうか?あの人ならありうる話だと思う。

★川崎球場の頃は悲惨でしたね。確かにそういうキャッチコピーもありました。牛島は落合とトレードで中日を出されたんでしたね。彼にはちょっと気の毒な気がしました。 バレンタインと広岡が揉めた理由の1つは、練習の指導方法だったと聞きます。バレンタインは「シーズン中の練習は調整程度」と考えていたようですが、広岡は「日本にはMLBのように下部組織がないので、戦いながらも鍛えていかない」と考えていたようで。エラーをしたら翌日に早出特守、ヒットが出なかったら特打って具合でやらせていたのが、対立する事になったようです。 今活躍している選手が入ったのは、近藤・山本時代ですね。特に山本は5年やってましたからね。おっしゃる通り彼の功績はあったと思いますよ。偶然かもしれませんが、山本はロッテ監督→ 巨人ヘッドコーチになりました。そして、近藤も同じ道を歩んでいるんですよね。 バレンタインだけでなく、マリーンズの選手はかなりベンチでガムを噛んでいますね。ビジター側のベンチを含め、いつもたくさんのガムが用意されているそうです。それで気軽に口にしているのではないかと思いますが、おっしゃる通り気遣いの可能性もありますね。ただそのバレンタインも、日本シリーズではしょっちゅう水を口にしては吐き出していました。緊張していたのでしょうか…。

Ray - 2005/10/30 0:45
普段は野球余り興味ない男ですが、ロッテの優勝は感慨深いものがありましたね。^^ 阪神VSロッテの日本シリーズ、10年前なら誰が予想したことやら・・。 あと、バレンタイン監督の監督としての資質は本当に素晴らしいものがありますね。 メッツだって彼が去って以来全然音沙汰無しですし・・。^^; 今後ビジネス本とかにも「バレンタイン流リーダー論」やらどーたらこーたら色々出そう・・。^^;

★おっしゃる通り、かつて阪神とロッテは「どちらが日本最弱か」と言われた球団でした。阪神はたけし軍団と戦って負けてますしね。 バレンタインは、表立って選手を批判する事がない人ですね。あれは偉いと思います。日本人的(?)なネチネチしたところが見られません。ビジネス本が出たとしても、真似できるかどうか…(^^;)
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