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大魔神と呼ばれた男

あなたは人目のお客様です。

今季で引退を表明したあるプロ野球選手について考えると、様々な事を思い出す。その選手の名前は佐々木主浩。横浜ベイスターズに所属していた投手である。
彼のプロフィールを紹介しておこう。1968年2月22日生まれ。東北高校時代に甲子園に2回出場、卒業後に東北福祉大に進学し、1990年横浜大洋ホエールズ(現横浜ベイスターズ)にドラフト1位で入団。以降1999年まで同球団に在籍、FA宣言した後に2000-2003年にはシアトル・マリナーズでプレイ。2004年に再び横浜ベイスターズに戻り、2005年8月7日に引退を表明。日本における生涯成績は439試合 627 2/3投球回 43勝38敗252セーブ 851奪三振 防御率2.41。一言でいうなら、日本プロ野球史上最強のクローザーである。
※ちなみに「クローザー」とは抑えの投手の事であり、かつては「ストッパー」と呼ばれていた。しかしメジャーリーグ(MLB)ではクローザーと呼ばれている事から、いつしか取って代わられるようになった。

佐々木が最も活躍したのは1998年。この年の8月私は神宮球場でヤクルト対横浜の試合を観たのだが、敵地にも関わらず佐々木の人気は高かった。横浜2点リードで迎えた8回、観客は誰も試合を観ていない。見ているのはグラウンドの端にあるブルペン。そして、そこで投球練習を行っている佐々木である。彼が一球を投げるごとに、スタンドがどよめいた。9回に入って場内アナウンスが投手交代を告げると、場内の興奮は最高潮。今にも映画『メジャーリーグ』のテーマ曲『Wild thing』が鳴りそうな雰囲気であった。そして、佐々木は観客の期待を裏切らなかった。150km/hを超えるストレートと、140km/h前後の高速フォーク。球種はその2つしかなかったが、ほとんどの打者が打てなかった。いかつい風貌からつけられたあだ名は大魔神。その名に恥じず、彼はチームの守護神としてマウンドに君臨した。シーズン通算で51試合に登板し、1勝1敗45セーブ。45セーブは2005年に岩瀬仁紀(中日ドラゴンズ)の46セーブに破られるまで、プロ野球記録だった。驚くべきは防御率0.64、自責点4(前述の岩瀬は防御率1.88、自責点12)。「防御率1.5以下が一流、1.0以下が超一流」と言われるクローザーの世界で、佐々木の成績は文句のつけようがなかった。球団は38年ぶりにリーグ優勝・日本一を達成。佐々木はセ・リーグMVPに選ばれた。「ストレートが145km/hを切るようになったら引退する」 そういった強気な発言も、彼なら許された。

佐々木主浩(シアトル・マリナーズ)1999年にFA権を獲得した佐々木は、翌年からプレーの舞台をアメリカに移す。憧れのメジャーリーグ。彼はそこでも結果を残す。1年目に記録した37セーブは、MLB新人記録。彼は新人王に選ばれた。野茂英雄に次ぐ、日本人2人目の快挙。決して楽だったわけではない。「日本とメジャーの違いは?」と聞かれた時、「日本では自分が失投をした時でも最悪ヒットで済んだ。でも、メジャーで甘い球を投げたら簡単にスタンドに運ばれる」 タフな環境に、彼は立ち向かった。2年目に45セーブ、3年目は37セーブ。2002年末には球団と2年契約を結んだ。年俸は最低でも800万ドル(約9億円)。「ハマの大魔神から世界のDAIMAJINへ」 彼は順調にキャリアを重ねていった。
だが、彼に関しては悪い評判を耳にする事も多かった。「どこにいくにも通訳をつけて、英語を覚えようとしない」「チームメイトとのコミュニケーションが少ない」「日本からきた女性と毎晩遊んでいる」…などなど。幾多の日本人選手がMLBに挑む中、悪評は伊良部秀輝(2004年引退)と並んで多かった。そういった醜聞は、成績が良ければ(ある程度は)かき消す事ができる。しかし、悪くなった時に真っ先に叩かれる原因となる。

2003年になって佐々木は苦戦を強いられる。150km/h以上出ていた球速が、10km/h以上も落ちた。35試合に登板し、10セーブ。防御率4.05。クローザー失格の数字だった。オフシーズンに行った右ひじの手術の影響、右肩痛や持病の腰痛で、満足に練習が出来なかったのである。そして6月になり、「佐々木負傷」のニュースが流れる。「6月8日、自宅でスーツケースを運んでいる時に階段で転んだ。その拍子に肋骨が何本か折れた。今シーズン絶望」 にわかには信じがたい話だ。体を鍛えた一流のアスリートが、そんなに簡単に大怪我をするものだろうか?複数の情報筋によると、真相は別にあった。「ひどく酔っぱらっていた佐々木が一緒にいた友人と喧嘩になり、その結果負傷した」 少なくともスーツケースよりは信憑性のある話だった。

2004年佐々木が日本に復帰した事は、驚きではなかった。彼がMLBで通用すると考えるファンは、随分と減っていたからだ。しかし、彼が復帰会見で口にした事は全く別の事だった。「オフシーズン日本で過ごし、アメリカに戻る時に子供達に泣かれて辛かった。子供が私立中受験を控えている事もあり、できれば家族一緒に過ごしたい。メジャーで投げたい気持ちはまだあるし、活躍する自信もある。だが、今は家族を優先したい」 感動的な言葉だ。だが、この言葉を額面通りに受け取っていいものだろうか。佐々木夫人(元タレントの清水香織)は、佐々木がマリナーズに入団した後に長男、長女を連れてシアトルに移住している。しかし、ほどなく帰国。理由は「アメリカの生活に馴染めなかった」とも、「佐々木の遊び癖に嫌気がさした」とも言われている。それから佐々木は単身赴任の生活になったのである。最初からアメリカでプレーする=家族と離ればなれと決まっていたわけではない。そういった事情についてスポーツ紙や週刊誌で報じるものもあったが、テレビでは一切扱わなかった。「ゴシップを取り上げる」か「ひたすら佐々木を持ち上げる」か、マスコミの姿勢はハッキリと分かれていた。

日本に戻ってきた佐々木は古巣の横浜ベイスターズと2年契約を結んだ。年俸は5億円(推定)。いくら優勝した時の功労者とはいえ、横浜は儲かっている球団ではない。誰もが「高い買い物だ」と感じた。だが、復帰初年に佐々木は予想外の活躍を見せる。7月16日の時点で19セーブ、防御率0.87。これは優勝した1998年に次ぐ数字だった。球速は140km/hも出ればいい方で、奪三振率は低い。だが(意外にも)コントロールが良く、フォークボールを恐れた打者は内野ゴロの山を築いた。「メジャーでの経験を生かした、見事な投球」手のひらを返したように、マスコミは褒めた。もっとも、良かったのはこの時まで。暑さでバテた佐々木はその後打たれるようになり、それ以上1つもセーブを挙げられなかった。防御率は3.18まで落ちた。そして、彼の2004年のシーズンは終わった。

オフシーズン、彼に対するマスコミの姿勢は相変わらず2つに分かれた。プラス面で生かそうとしたのは、横浜の親会社であるTBS。去就が注目される読売ジャイアンツの清原和博、桑田真澄について「同級生として」どう思うか、またマリナーズのイチローについて「元チームメイトとして」どう考えているか、佐々木にマイクが向けられた。また「メジャーリーグで辛かった事は?」と聞かれた佐々木は「時差ボケ。ナイトゲームを終えた後すぐに移動してデーゲームがある時はしんどい」と答えたり、「アメリカで1番の思い出は?」という質問には「タイガー・ウッズと一緒にゴルフをした事。偶然ゴルフ場で一緒になったんだけど、向こうが自分の事を知っていてくれて、すごく興奮した」と返答していた。

マイナス面を利用したのは、主に週刊誌。「4億円の豪邸には帰らず、かねてより交際していた女優の榎本加奈子との同棲生活を都内マンションで開始」そう報じられたのは2004年10月の事。その後、佐々木について好意的な報道は減る。その傾向に拍車をかけたのは、佐々木の年俸だった。契約更改の席で、年俸は5億円ではなく6億5千万円だったと球団は発表した。つまり2年で13億円。日本人選手史上最高の金額であり、現在のプロ野球を取り巻く状況を考えると、今後出る事はないかもしれない。チームで佐々木の次に年俸が多いのは斎藤隆(投手)の2億4千万円であり、他の選手と比べても佐々木1人で主力選手の約3人分の金額を貰っている計算になる。支払う事を決めたのは球団だが、佐々木への風当たりが強くなるのは仕方のない事だった。

佐々木主浩(横浜ベイスターズ)2005年シーズンが開幕し、佐々木は4月に4セーブを記録。通算252セーブは高津臣吾(元ヤクルトスワローズ)を抜いて、歴代1位に。しかし、彼を祝福する声は少なかった。理由は2つ。1つは、3月に香織夫人との離婚が成立した事について、記者からの質問に答えなかった事。この時記者会見でも行っていれば、まだ良かったろう。もう1つは登板失敗後に六本木で朝まで遊んでいた事をマスコミに報じられ、ファンから愛想を尽かされたのである。彼は2軍に落とされた。{後に佐々木は4月下旬に榎本加奈子が男児を出産し、5/9に彼女と再婚した事を発表した}
8/9、佐々木はフルキャストスタジアムで行われた読売ジャイアンツとの13回戦に登板。2回裏無死1塁の場面でマウンドに立った彼は、打席に立った清原和博に対しカウント2-1からフォークボールを投じた。外角に外れたが、清原のバットは大きく空を切る。それが彼にとって、最後の投球だった。涙ぐむ清原と抱擁を交わした佐々木は、そこでマウンドを降りた。「球団と監督とチームのみんなに感謝しています。対戦してくれた清原君をはじめ巨人軍にも感謝しています。思い残すことなく悔いなく投げることができました。ファンの皆様も最後まで熱い声援ありがとうございました」

この花道登板についてマスコミは「涙の対決」と暖かく扱ったが、これにもまた事情がある。4月以来2軍で調整を続けていた佐々木は「1軍に上げて欲しい」と訴えていたが、MAX161km/hという『日本プロ野球史上最速の男』クルーンがクローザーとなっていた為、チームは既に佐々木を必要としていなかった。次に佐々木は「引退登板の機会を作って欲しい。故郷の宮城で、相手は巨人」と要望。しかし、これにも上層部は難色を示した。既に優勝争いからは脱落していたものの、チームとしては4年ぶりにAクラス(3位以上)入りを争っている時であった。話が進まない中、佐々木側は一部のマスコミに引退情報を流し、最後の登板も決まっている事を匂わせた。報道陣から多数の問い合わせを受けた球団は困惑したが、事態を沈静化する為に「清原相手の一打席限定」という条件で、登板を認めた。
とはいえ、8月中に引退登板が行われるのは極めて異例。横浜の牛島和彦監督は球場入りすると真っ先に巨人・堀内恒夫監督を訪れ、「公式戦なのにこっちの事情でバタバタしてすいません」と頭を下げた。堀内も「お前も大変だな」と同情を示したという。この登板に限らず、佐々木について牛島への同情論は強い。「佐々木が何度救援に失敗しても牛島が使い続けた理由は、TBSの要望があったからではないか」という噂が、まことしやかに囁かれた。

本拠地での引退試合は10月8日(対ヤクルト戦)に行われたが、当初予定されていた登板は「チームがAクラスを争っている時に登板して迷惑をかけるのは良くない」と佐々木が発言した為行われず、セレモニーでの挨拶のみが行われた。8月に登板した試合でチームは敗れ、5連敗となっていただけにこの判断は正しかったかもしれない。全日程を終了し、横浜は3位となった。4位ヤクルトとの差は、わずかに0.5ゲーム。昨年最下位だった事を考えれば、躍進である。

佐々木がつけていた背番号22は、横浜ベイスターズの永久欠番となる事が有力視されている。永久欠番は過去に「100」があるだけで、これはチームに貢献のあった複数の著名人に送られたもの。つまり佐々木が選ばれれば、実質的に(ホエールズ時代を含めて)球団史上初めての事である。佐々木は多くの人に好かれ、そして嫌われた野球選手だった。その事をよく表しているのが、イチロー(シアトル・マリナーズ)が彼の引退に寄せたコメント。ただ褒めるわけでもなく、かといってけなしているわけでもない。最後にそれを引用して、この記事を締めくくろう。

「佐々木さんを例えると嵐みたいな人。台風警報で学校が休みなのは嬉しい。(そういう時は)外に出るのも大変。でも何となく外を見てみたい。クローザーであれだけ気になる、華のある人はなかなか出てこない」

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■コメント

Cass - 2005/10/21 23:41
あの、清原との「涙の同級生対決」は恥ずかしかったですね。ササキ様(←横浜ファンは習慣でこう呼んでしまう)は性格的にイージーゴーイングなところがあるので、「成功した後の気のゆるみ」が怖い、とファンは思っておりました。アメリカに行ったばかりで緊張していた頃は「シーズン中はビールしか飲まない」、「昔のササキとは違う」と言われてましたが、一応の地位を確立した後は、体調管理も結構いーかげんになっていたのではないかと思います。帰国して横浜に復帰した時は、高額な年俸を払って復帰させた球団に腹が立ちました。 ササキ様にはいろいろ心労をかけさせられましたが、割とアクの少ない選手が多い横浜では彼の存在感は貴重だった、と今は思っています。優勝もしてくれたし。

★ この記事についてはプロ野球、特に横浜ファンの方からコメントをいただければと思っておりました。どうもありがとうございます m(_ _)m ササキ様という言い方が、ファンならではですよね。『ササキ様に願いを』という漫画もありましたし。 「横浜にアクの少ない選手が多い」という点は同感です。いいものを持っていても、自己主張が足りない印象を受けます。そういう点については、佐々木の良い点を受け継いで欲しかったですね。
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