Entries

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
この記事に対してトラックバックを送信する(FC2ブログユーザー)
 ※言及リンクを持つ記事からのみ、受け付けています。
http://gachapin99.blog48.fc2.com/tb.php/125-d42d4d4a

-件のトラックバック

-件のコメント

コメントの投稿

投稿フォーム
投稿した内容は管理者にだけ閲覧出来ます

消えた新党たち

あなたは人目のお客様です。

投票日を前にしてすっかり影が薄くなった国民新党新党日本だが、「そういえば昔は新党が多かったな」なんて事を思い出す。というわけで、今回は55年体制が崩れた1993(平成5)年前後に登場した政党を調べてみた。まず、内閣と与党・野党の関係を見ていただきたい。

【細川政権】 第79代総理大臣 細川護煕 1993/8/9~1994/4/28 在任263日
与党:日本新党、新生党、日本社会党、新党さきがけ、民社党、公明党、社民連、連合
野党:自民党、共産党

【羽田政権】 第80代総理大臣 羽田孜 1994/4/28~6/30 在任64日
与党:新生党、日本新党、公明党、民社党
野党:自民党、社会党、新党さきがけ、共産党

【村山政権】 第81代総理大臣 村山富市 1994/6/30~1996/1/11 在任561日
与党:自民党、社会党、さきがけ
野党:新進党、共産党

【橋本政権】 第82・83代総理大臣 橋本龍太郎 1996/1/11~1998/7/30 在任932日
(1) 与党:自民党、社民党、さきがけ  野党:新進党、共産党
(2) 与党:自民党  野党:新進党、民主党、社民党、共産党
(3) 与党:自民党  野党:民主党、自由党、公明・改革クラブ、社民党、共産党

【小渕政権】 第84代総理大臣 小渕恵三 1998/7/30~2000/4/5 在任616日
与党:自民党、自由党、公明党、改革クラブ
野党:民主党、社民党、共産党

【森政権】 第85・86代総理大臣 森喜朗 2000/4/5~2001/4/26 在任387日
(1) 与党:自民党、公明党、保守党、改革クラブ  野党:民主党、自由党、社民党、共産党
(2) 与党:自民党、公明党、保守党  野党:民主党、自由党、社民党、共産党

【小泉政権】 第87・88代総理大臣 小泉純一郎 2001/4/26~
(1) 与党:自民党、公明党、保守党  野党:民主党、自由党、社民党、共産党
(2) 与党:自民党、公明党、保守新党  野党:民主党、自由党、社民党、共産党
(3) 与党:自民党、公明党  野党:民主党、社民党、共産党

以下、党別に簡単に紹介する。

日本新党 1992-1994
1992年5月22日、前熊本県知事である細川護煕(もりひろ)を中心に結党。55年体制崩壊をもたらした「新党ブーム」の火付け役的存在。1993年に誕生した連立政権に参加し、細川は第79代内閣総理大臣となる。細川が大名の細川家の血筋である事から、一部で「殿様」というあだ名で呼ばれた。しかし1994年、細川に佐川急便に関する金銭スキャンダルが発覚し、内閣は総辞職。同年末には新進党に合流する為、党を解散。
代表的政治家:細川護煕(引退)、江田五月(民主党)、小池百合子(自民党)
 ※()内は2005年9月8日現在の所属

新生党 1993-1994
自民党の羽田孜(はた・つとむ)、小沢一郎を中心として結成された保守政党。1994年、細川内閣の退陣を受けて羽田が第80代内閣総理大臣になるも、社会党と新党さきがけが与党から離脱。その為に少数与党となり、すぐに不信任案を提出されて退陣。在任期間64日は、戦後2番目の短命政権。同年末には新進党に合流する為、党を解散。
代表的政治家:羽田孜(民主党)、小沢一郎(民主党)、熊谷弘(引退)

新党さきがけ(→さきがけ→みどりの会議) 1993-2004
1993年6月、宮澤喜一内閣不信任案可決により衆議院は解散。それに伴い、自民党の武村正義は10人を引き連れて離党。新党さきがけを結成し、党代表となる。同年誕生した細川政権に参加し、武村は官房長官に就任。その容貌からムーミンパパと呼ばれる。だが、協力関係を目指した日本新党と決裂。羽田政権下では野党となるが、村山政権では与党に復帰。そのまま第1次橋本政権まで与党だったが、1996年に誕生した民主党に多数が移籍。同年の総選挙で議席数を13→2と減らし、実質的に消滅。
代表的政治家:武村正義(引退)、田中秀征(引退)、鳩山由紀夫(民主党)

新進党 1994-1997
日本新党、新生党、公明党、民社党、社会民主連合、民主改革連合、高志会が団結してできた政党。1994年12月10に結党。初代党首は、かつて第76・77代総理大臣を務めた海部俊樹。2代目党首に小沢一郎。政権奪取を狙ったものの、1996年の総選挙で156議席と振るわず。小沢は自民党との連立政権を画策したが、自民党は応じなかった。その後太陽党やフロム・ファイブなど離党する者が相次ぎ、党内は混乱。1997年12月27日に自由党、改革クラブ、新党平和、新党友愛、黎明クラブ、国民の声の6党に分裂。
代表的政治家:海部俊樹(自民党)、小沢一郎(民主党)、扇千景(自民党)

民主党 1996-
社民党と新党さきがけのメンバーを中心に、鳩山由紀夫と菅直人を共同代表として1996年9月に結成。1998年に新進党出身者、2003年に自由党を吸収。国会議員の数は、自民党に次いで現在第2位。様々な政党出身者が集まっている為政策的にはリベラルな集団だが、その反面まとまりのない部分も見られる。現在の党首は岡田克也。
代表的政治家:岡田克也、菅直人、小沢一郎

太陽党 1996-1998
新進党において反小沢派のグループが離党。羽田孜を中心に太陽党を結成する。規模は衆参合わせて13人。野党勢力の結集を目指し民主党や新進党との連携を図るものの、成功せず。1998年1月23日には鹿野道彦らの国民の声、細川護煕らのフロム・ファイブと合併して民政党に改称(羽田党首・鹿野幹事長)。同年4月27日には民主改革連合・新党友愛と共に民主党に合流した。代表的政治家:羽田孜(民主党)、岩國哲人(民主党)、畑英次郎(民主党)  自由党 1998-2003 新進党を離脱した小沢一郎を中心として結成された、保守政党。スローガンは「日本一新」。小渕政権時代には連立与党に参加した。2000年に保守党と分裂した為、弱体化。2003年9月26日、民主党に合流。
代表的政治家:小沢一郎(民主党)、野田毅(自民党)、二階俊博(自民党)

保守党(→保守新党) 2000-2003
2000年4月に自由党から分裂。初代党首は扇千景。2002年12月に熊谷弘ら民主党の人間が加わった際、保守新党に改名。政策目標として地方分権やバリアフリー、社会保障を掲げた。ただ党に参加する議員が少なく、世論の支持率も低かった。2003年11月に自民党に合流。
代表的政治家:扇千景(自民党)、小池百合子(自民党)、二階俊博(自民党)

◆まとめ
一連の流れを見て感じるのは、「自民党を出て政界を変えようとした人々」と「政権を取る為に協力しようとした政党」、この2つがあったからこそ様々な新党が生まれ、消えていった、という事。いずれも55年体制が維持されている時は、考えられなかった事である。(それらに比べると国民新党や新党日本は「自民党の公認が得られなかった」という消極的な理由が結党の動機となっており、マイナスイメージは拭えない)

新党の中で現存するのは民主党だけであり、しばしば「寄せ集めの集団」と呼ばれる。では、他の党はどうだろうか。自民党は多くの人間が出入りし、一枚岩とは言えない。公明党は新進党に参加した折に1度なくなっている。社民党は単に社会党から改称しただけでなく、かなりの議員が抜けて昔とは別物だ。となると、唯一政党として純血を保っているのは万年野党の地位にある共産党だけ、という事になる。それ以外の政党が「○○党はまとまりがない」とけなし合ったところで、同じ穴の狢(むじな)である事が多い。

ただ従来に比べて政党の求心力が落ちている、という事も否めないだろう。「党の決定には全て従う」と考えている政治家は少ない。基本的な方針には賛同しつつも、党が出すAの法案には賛成でBの法案には反対。そんな事はよくある話だ。選挙での互助組織的な意味合いが強い以上、ずっと1つの党にいつづける事は期待しない方がいい。離合集散は政治家の常。昨日の敵は今日の友、今日の友は明日の敵。それが政界である。この先政界再編もあるだろうが、さてどういった政党が誕生するだろうか。
この記事を読んだ方は、クリックお願いします→ブログランキング バナー


■コメント
Y氏
- 2005/09/09 4:59
こんばんわです!ちょっと話はそれますが・・・・細川護熙内閣~村山富市内閣の間『とんねるずのみなさんのおかげです』で、細川さん・羽田さん・村山さんに小沢さんを加えた4人のそっくりな人形使って、政界風刺をしていたのが、強烈に残っています。かなり小沢さんを悪役として書かれていたような・・・・・でも、当時小沢さんが行く所行く所纏らない感はありましたけどね。 またやってくれないかな・・・・・とんねるずと言うより、秋元康さんかな?

★あ~ありましたね、そういうの。個人的には羽田・村山氏のパペットを覚えてます。どういう内容だったか、ハッキリとは記憶してませんが…。まぁ確かに小沢氏は色々渡り歩いていますから、悪役のイメージはあるでしょう。政治を風刺したバラエティって日本では少ないので、もっとあってもいいと思います。

いっせい - 2005/09/09 10:28
どうもです こうしてみと色々あったよな たしか 政治改革が出来なくて 内閣不信任案が出て総選挙だったんかな たぶん 高校2年ぐらいだったかな。。選挙権はないけどハラハラしながらニュース見てたのや選挙権が無い事にイライラしてたの思い出したよ 俺的には 今後どんな世の中になっても社民にはいれないかな。。なんだろう 村山さんの時の 阪神大震災の時 何もしなかった事が未だに忘れられないかな。。。

★そう、調べてみると色々とあったんだよ。具体的には1993-1998の5年間。その前半は君も俺も選挙権なかったな。 村山内閣の阪神大震災への対応はかなり叩かれたね。あれが社民党のイメージを悪くしたのは否めない。あとは、「北朝鮮は拉致をしていない」と主張していた事かな。人によって受け取り方は違うんだろうけど…。

eryce - 2005/09/10 3:52
こんにちわ まさに…20世紀最後の数年間…日本は乱世の日本だったのですね走馬灯のように脳裏に駆け巡る各党首の面々…。責任と義務…。「無関心」ではいられないと感じるようになったのは いつの頃からか…!? 今回の衆議院選 自らの意志をもって参加したいとおもいます。個人的には 投票率に興味があります。もし低かったら…どんな改革論もこの国を変えられない…と思うから…。

★おっしゃる通り、あの頃の日本は「乱世」の時期だったのでしょうね。消えていった政党は、砕け散った夢の形なのかもしれません…。 今回の投票率についてですが、最新の情報では「前回よりやや上」程度に収まりそうですね。蓋を開けてみないとわかりませんが、もしそうなら残念な事です。

負け犬★もこ - 2005/09/10 14:15
選挙、とうとう明日になりましたね。ガチャピンさんのブログでお勉強させていただきました。 いつもながら、凄い情報量ですよね。尊敬します。私は相変わらず、くだらない小言を並べていますが・・・。 私としては、郵政民営化よりも増税の方に関心があります。しかし・・・政治家ってなんだか信用できない!

★記事について褒めてくださって、ありがとうございます。もこさんのブログは「くだらない小言」じゃないですよ。女性ならではの鋭い視点で書かれた記事に、こちらこそ勉強させてもらってます。 「嘘つきは政治家のはじまり」なんて言いますから、信用できない理由はそこらへんにあるのかもしれませんね…。
スポンサーサイト
この記事に対してトラックバックを送信する(FC2ブログユーザー)
 ※言及リンクを持つ記事からのみ、受け付けています。
http://gachapin99.blog48.fc2.com/tb.php/125-d42d4d4a

0件のトラックバック

0件のコメント

コメントの投稿

投稿フォーム
投稿した内容は管理者にだけ閲覧出来ます

Appendix

Twitter

       過去のログはこちら

各種プルダウンリスト

ベストセレクション

■【書評】
書評格付け400
■【映画】
映画格付け300

文字の拡大・縮小

プロフィール

ガチャピン

作っている人:ガチャピン

東京のIT系企業に勤める男。1977年生まれ。趣味は読書、スポーツ観戦、トレーニング、ブログ、映画鑑賞。

全タイトルを表示

TopHatenar Map

天気予報


-天気予報コム- -FC2-

クリック募金

管理人へのメール

名前:
メール:
件名:
本文:

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。