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靖国問題の分析

あなたは人目のお客様です。

靖国神社が問題になっている事を知る人は多い。例えば首相の参拝について。賛成・反対、色々な意見がある。しかし、そうやって議論する人達でも、何が問題のポイントかわかっていない場合が多い。私なりにまとめて分析してみた。

◆ 靖国神社の歴史

1869(明治2)年、現在の東京都千代田区九段に東京招魂社(とうきょうしょうこんしゃ)という神社が創建された。目的は戊辰戦争で亡くなった人間を慰霊する為。ただし、弔うのは明治新政府軍=薩摩・長州の人間だけである。後に吉田松陰、高杉晋作、坂本龍馬といった人間も「明治維新に功績あり」として祀(まつ)られるが、西郷隆盛はその中に含まれていない。なぜなら彼が西南戦争で反乱軍の総大将だったからである。1879(明治12)年に靖国神社(以下、靖国)と改称。その名は『春秋左氏伝』に登場する「吾以靖国也」(吾を以つて国を靖んずるなり)を出典として、明治天皇が命名したものである。

靖国が特別な存在となった理由は、明治政府が取った国家神道政策が大きい。神社神道はそれまで幾つも分かれていたが、皇室神道の下に再編成され、国家宗教となった。これは天皇制支配の思想的支柱で、「天皇=現人神(あらひとがみ)」とする考え方はここから生まれた。そして国家神道は軍国主義・国家主義と結びついて推進され、戦争へと導いていく。その中で戦没者を慰霊する靖国の存在は重要だった。

○なぜ戦没者の慰霊をしたのか

なぜ国は靖国神社で戦没者の慰霊をしたのか。「戦争で亡くなった人達は可哀想。だから慰霊するのは当然」と考える人もいるだろう。しかし、実際は「国民を戦争に行かせる為に」慰霊をしていたのだった。
ほとんどの人間は戦争に行きたくないし、死にたくないと考えている。父親・子供・夫を失う事は、遺族にとって悲しく辛い事だ。戦争が長引くにつれて「もうこんな事はたくさんだ。戦争をやめてくれ」そういう感情が、自然と国民の中で増えてくる。しかし戦争を行いたい国としては、それでは困る。国や天皇に命を捧げる事、戦場で命を落とす事がどれほど素晴らしいか説かれ、靖国神社で祀られる(=英霊となる)事は最高の名誉として顕彰された。例えば、遺族の中で全国から選抜された者は国費で東京に招かれ、靖国で合祀(ごうし)する儀式に参加した他、新宿御苑・宮城(皇居)・上野動物園を見物し、記念写真まで撮ってから地元に帰った。生まれてから死ぬまでずっと地元で過ごすような民衆にとって、それは夢のような出来事であり、死の悲しみを超えるほどの喜びだった。{こういった士気を高揚させる為の行事は、多かれ少なかれ他の国でも行われていた}

そもそも神社には格付けがあり、天皇家にとっては天照大神(あまてらすおおみかみ)を祀る伊勢神宮、臣民にとっては出雲大社が最高とされていた。しかし靖国が出雲大社に取って代わる。そして天皇崇拝・神社信仰の中心的役割を担った。他の神社は内務省の管轄だったのに対し、靖国を管理していたのが陸軍省と海軍省だった事も特徴である。

○終戦

明治・大正・昭和と、様々な対外戦争を行った日本。戦地に赴く人間達の合い言葉は「死んで護国の鬼となり、靖国でまた会おう」だった。そして、1945(昭和20)年8月15日に迎えた終戦。日本を占領したGHQにより、国家神道は廃止される。天皇は現人神から人間へ。靖国は存続の危機に立たされ、焼き払う事も計画された。それについてはGHQでも賛否両論。この時決め手となったのはブルーノ・ビッテル神父の発言。彼は当時の上智大学学長であり、ローマ教皇庁代表も務めていた。意見を求められたビッテルは「いかなる国家も、その国家のために死んだ人びとに対して、敬意を払う権利と義務があるといえる。それは、戦勝国か敗戦国かを問わず、平等の真理でなければならない」と、説いた。そして存続が決まったのである。政教分離の原則の為に国からは切り離され、靖国は一宗教法人となった。
靖国神社の鳥居
靖国神社の鳥居

◆ 靖国に関する問題

○合祀された人間の扱い

現在までに靖国神社に祀られている人間は、約246万6千人。その内訳は以下の通り。祭神であるという理由から「人=柱」という単位で数える。

 戊辰戦争 : 7751柱  西南戦争 : 6971柱  日清戦争 : 1万3619柱  台湾出兵 : 1130柱
 義和団事変 : 1256柱  日露戦争 : 8万8429柱  第一次世界大戦 : 4850柱
 済南事変 : 185柱  満州事変 : 1万7176柱  日中戦争(支那事変) : 19万1250柱
 太平洋戦争(大東亜戦争) : 213万3915柱  計 : 246万6532柱   
※2004年10月17日の数字
 台湾出身者:約2万8千 朝鮮出身者:約2万1千 女性:約5万7千 を含む

この柱に選ばれるのは主に軍人・軍属であり、戦死した者が対象となっている。例えば明治の代表的な軍人である東郷平八郎や乃木希典は軍の行動中に死亡していない為、祀られていない(もっとも、彼らにはそれぞれ神社が作られているが)。一方、太平洋戦争の沖縄戦で亡くなったひめゆり部隊や鉄血勤皇隊、対馬丸の犠牲者は祀られている。戦争の犠牲者を扱っているわけではないので、東京大空襲や広島・長崎の原爆で死亡した人間は含まれていない。また、祀られるのは日本の死者のみ。敵兵を祀る怨親平等(おんしんびょうどう)の精神はない。
※1965年に境内に建立された鎮霊社で「本殿に祀られていない方々の御霊と、世界各国すべての戦死者や戦争で亡くなられた方々の霊」は祀られてはいる。しかし様々な面で、本殿とは明らかに待遇が違う。

祭神となる人間の選定を行っていたのが戦前は陸軍省・海軍省、戦後は厚生省の引揚援護局。そこで作成された名簿が靖国神社に渡され、合祀された。その過程において、死者の意向は全く尊重されていない。その為、戦後「祀るのを止めてほしい(=分祀してほしい)」という遺族からの願いが、しばしば出された。例えば亡くなった人間がキリスト教や仏教の信者だった場合。戦前にも信教の自由はあったものの、「神道は国家の祭祀であり、宗教を超越している」とされた。つまり、キリスト教や仏教を信じてもいいが、そういった事とは関係なしに神道を重んじるべき、という思想である。それに対する反発の声が出てきたのだ。

また、台湾や韓国などかつて日本が占領していた地域から訴えられる場合もある。これは当時現地の人々が「日本人」として戦争に赴き亡くなった為に祀られたのだが、「好きで戦争に行ったわけではない。合祀は日本によるアジア侵略の象徴だ」という強い怒りが、遺族にはある。それに対し、「英霊として日本人と分け隔てなく祀ることは日本だけでなく台湾や韓国の元軍人軍属への最大の敬意の現れであり、靖国神社へ合祀している事は日本の台湾や韓国への植民地政策が、欧州各国による東南アジア植民地政策とは一線を画すものだ」とする意見もある。
しかし靖国はそういった要求に対し、一切応じていない。1つには、神道において「合祀は可能であっても分祀は出来ない」事。神がいる場所を1本のロウソクに見立て、その炎を神としよう。火を足す(合祀)事はできるが、他のロウソクに火を移した(分祀)後も、元のロウソクの火を消す事はできない。これが「分祀しようとしても魂が残る」…という事らしい。また位牌など、形として魂が表現されているものはない。

しかし靖国は、また別の理由を挙げて説明もしている。例えば台湾からの訴えに対し、1987年池田良八権宮司(当時)は朝日新聞に対しこう答えている。
「戦死した時点では日本人だったのだから、死後日本人でなくなることはありえない。日本の兵隊として、死んだら靖国にまつってもらうんだという気持ちで戦って死んだのだから、遺族の申し出で取り下げるわけにはいかない。内地人と同じように戦争に協力させてくれと、日本人として戦いに参加してもらった以上、靖国にまつるのは当然だ。台湾でも大部分の遺族は合祀に感謝している」
合祀取り下げを求める人間からすれば、これほどバカにした言葉もないだろう。植民地支配の加害者と被害者を一緒に祀っていて、あたかも「日本の植民地政策が正しかった」と言わんばかりの発言である。そして実際に靖国はそう考えている事が、論議を呼ぶのである。

○戦争史観
靖国神社の戦争についての認識は以下の通り。

 *大東亜戦争(太平洋戦争、日中戦争)は、日本の自衛のために行われたのであり、 東アジ
  アを自由で平等な世界を達成するためのものであった。
 *東京裁判は国際法を無視した不法な裁判であった。東京裁判によって「戦争犯罪人」との
  濡れ衣を着せられ、不当な処刑が行なわれた。
 *日本はこれ以上中国・韓国に対して謝罪するべきではない。
 *首相による靖国神社参拝を支持する。
 *天皇も靖国神社を参拝される事が望ましい。
 *靖国神社に代わる戦没者追悼施設を作る動きには反対する。追悼施設は靖国神社以外
  あり得ない。


一言でいうなら、軍国主義時代を含めた日本の肯定である。靖国には遊就館という資料館があるのだが、そこで上記の主張をはっきりと感じる事ができる。これらは必ずしも政府の見解や、国民の意識と一致するものではない。ただ、靖国の見解に対し中国や韓国といった国々が強い嫌悪感を抱いているのは事実である。政治家が靖国を参拝する=軍国主義を賛美している、という捉え方をしている事が多い。また欧米のマスメディアの中には靖国神社を“War shrine”と紹介し、戦争の解釈について批判しているものもある。単に一宗教法人が主張している事であれば、問題ない。民主主義における思想の自由、信教の自由に含まれるからだ。しかし、それが天皇や首相とのつながりが強ければ、話はまた別である。
遊就館の零戦遊就館の零戦

◆ 参拝に関する問題

毎年500万人以上が訪れる靖国。そこへ首相が参拝する事は、珍しい事ではなかった。最初に参拝したのは吉田茂で、1951(昭和26)年10月18日の事。歴代総理大臣で参拝した人間とその回数は、以下の通りである。

吉田茂…5回  岸信介…2回  池田勇人…5回  佐藤栄作…11回 田中角栄…5回
三木武夫…3回 福田赳夫…4回 大平正芳…3回 鈴木善幸…8回 中曽根康弘…10回 橋本龍太郎…2回 小泉純一郎…5回  合計12人、63回
  ※2005年10月18日現在


この中で転換点となったものは2つ。1つは1975(昭和50)年、三木武夫が終戦記念日に初めて参拝した事。この時は「私的参拝」と強調した為、国内でその是非について議論が起こった。これ以降マスコミは参拝が「私的か公的か」、「玉串料を払ったか否か」を質問するようになる。 ※玉串料…儀式のときに神前にささげる供物の金品。そしてもう1つは1985(昭和60)年の終戦記念日。中曽根康弘が公式参拝を実行し、中国や韓国から猛抗議を受ける。抗議の大きな理由となったのが、A級戦犯の合祀だった。

○A級戦犯とは

A級戦犯とは、1946(昭和21)年に行われた極東国際軍事裁判(東京裁判)において、「平和に対する罪」=に問われた28名の事である。ちなみにB級が「通例の戦争犯罪」、C級が「人道に対する罪」。誤解されがちだが、A級が重くてBやCが軽いというわけではない。現にB・C級合わせて5千人以上が起訴され、約1千人が処刑されている。

A級戦犯のうち死亡・精神異常により3名が免訴され、残り25人全員が有罪となった。東条英機をはじめ7名が絞首刑となり、公判中に病死もしくは受刑中に獄死した者が7名。これら計14名が靖国神社に合祀されたのが、1978(昭和53)年10月17日の事である。
英霊となる人間は、厚生省の引揚援護局が作成した名簿による事は前述の通り(この厚生省と靖国の連携自体、政教分離の原則違反の疑いが強い)。そしてB・C級戦犯に関しては1970(昭和45)年までに合祀を済ませている。しかしA級に関しては1966(昭和41)年には名簿が渡されていたにも関わらず、すぐには祀られなかった。国民の中にA級戦犯=戦争犯罪人として忌避する人間が多く、靖国神社としてもそういった感情を無視できなかったのである。また昭和天皇もA級戦犯の合祀については反対だったと言われている(※昭和天皇は戦後靖国へ8回参拝に訪れているが、A級戦犯の合祀後は1度も訪れていない)。

この合祀について、靖国は特に発表しなかった。表沙汰になったには、1979(昭和54)4月19日朝日新聞の報道による。国内で議論が巻き起こり、「戦争肯定につながるのではないか」という批判も出た。諸外国が態度を硬化させたのはこの後。そして不満が吹き出したきっかけが、中曽根の公式参拝だったのである。

○東京裁判とサンフランシスコ条約

首相の靖国参拝を支持する人間の中には、「東京裁判は間違っている。勝者の裁きで、公平な判断ではなかった。だから、A級戦犯は犯罪人ではない」と主張する人が少なくない。確かに裁判として見た場合は、色々と問題があるのは事実である。アメリカが広島・長崎に原爆を落とした事については触れられていないし、日本軍の最高司令官だった昭和天皇の責任も問われていない。731部隊のように、人体実験のデータをアメリカに渡す代わりに罪に問われなかった人間もいる。インドのパール判事など、裁判に参加しながら裁判自体を批判した人もいるくらいである。
しかし、だからといってA級戦犯に罪がないとは言えない。まず、彼らは日本が戦争に勝つ為に全力で取り組んだ事は間違いない。結果多くの国民が死亡し、その何倍にも勝る人数を海外で殺した事も事実である。結果責任を問われる人間は必要なのだ。そして現実的に、日本はこの裁判の結果を受け入れている。その事は1951(昭和26)年に調印したサンフランシスコ条約第4章第11条に記されているのだ。

第十一条【戦争犯罪】
日本国は、極東国際軍事裁判所並びに日本国内及び国外の他の連合国戦争犯罪法廷の裁判を受諾し、且つ、日本国で拘禁されている日本国民にこれらの法廷が課した刑を執行するものとする。これらの拘禁されている者を赦免し、減刑し、及び仮出獄させる権限は、各事件について刑を課した一又は二以上の政府の決定及び日本国の勧告に基くの外、行使することができない。極東国際軍事裁判所が刑を宣告した者については、この権限は、裁判所に代表者を出した政府の過半数の決定及び日本国の勧告に基くの外、行使することができない。


サンフランシスコ条約の全文はこちら。この条約に調印した事が、戦後日本が国際社会に復帰し、新しい日本を築く出発点となった。1972(昭和47)年に日中の国交が樹立した際も、A級戦犯の戦争責任は両国の間で確認されていた。それを認める事で「賠償金を支払わなくていい」という話になったのである。A級戦犯についての認識は、韓国も同じである。…これらの点について時の副総理後藤田正晴と確認した中曽根は、以後首相として靖国を参拝する事を止めた。

○中韓の反日行動と外交

今春上海で起きた学生デモや、日本資本の店舗への襲撃。日本のウェブサイトを標的としたサイバーテロや、昨年のサッカーアジアカップにおける観客の反応など、近年中国の反日行動は激しい。また韓国との竹島問題、歴史教科書問題はすっかりおなじみとなっている。中国に関して言うと、大きな転換点とされるのが1993(平成5)年江沢民が国家主席になった事である。彼は愛国教育を浸透させる事に尽力したのだが、その背景には国の市場開放が進み、貧富の差が拡がった事がある。共産主義のイデオロギーでは統治できなくなり、国家主義=『抗日』で政権基盤を保とうとしたのだった。その路線は現在も踏襲されている。

中国や韓国の主張する事に整合性が感じられない事は、しばしばある。しかし例え南京大虐殺や従軍慰安婦があろうとなかろうと、日本がかつて侵略し、蹂躙した事は事実である。そして相手からすれば、理屈ではなく感情で考えている。「賠償金を支払ったり、謝罪をする必要はない」というのはあくまで国レベルの話であり、「国民が先の戦争の事を忘れていい」という事ではない。
その事を私が痛感したのが、かつて東京都の友好使節として中国を訪れた時である。使節団は現地の人々に「日中両方の国旗がデザインされたバッジ」を渡す事になっていたが、すんなり受け取ってくれる人もいれば、拒絶する人もいた。若い世代の人間とはゲームや漫画、三国志演義や水滸伝といった話で盛り上がったが、上海で会った老人には日本語で話しかけられて驚いた。かつて日本語教育が行われていた事は知っていたが、「話すのは本当に久しぶりだよ」と語る老人の笑顔を見て、申し訳なく感じたものだ。

また野坂昭如『火垂るの墓』や高木敏子『ガラスのうさぎ』、広島や長崎の原爆など日本では戦争で被害にあった事ばかりを取り上げる風潮が強い。中韓が「日本は何をしたか」のみを取り上げるのと極めて対照的であり、その為に溝は深まるばかりである。15年くらい前だろうか、私が中学生の時に観たテレビ番組で、印象に残っているものがある。それは「東京六大学の学生が韓国からの学生を迎え、今後の日韓関係について話し合う」という企画だった。一言でいって、酷い内容だった。日本側は「これからどうった事が共にできるか」話そうとすると、韓国側は「その前に、日本が戦争中に何をしたか知っているのか」と問いかけた。「戦争中に迷惑をかけた」と答えると、「もっと具体的に言ってみろ」と追求。答えられないと、「ふざけるな」と、激怒していた。そのあまりの剣幕ぶりに、日本の女子学生には泣く者も出てくる始末。私はそれを観て呆れていた。両者とも何の為に顔を合わせているのだろう、と。念の為に言っておくが、「とにかく日本は謝るべき」と言いたいわけではない。私は仕事でしょっちゅう中国人・韓国人とやり取りをするが、そんな事はお互いにいちいち気にしていられない。ただ、気にせずとも知っておく事が大切なのである。

外交に関していうと、最も良くないのは行き当たりばったりの対応である。中長期的にどのような関係を築きたいか、戦略的に考えた上で行動しなくてはいけない。最近日本では保守化が進み「間違っているのは中韓の方なのに、なぜ正しい日本が責められなくてはいけないのか。首相が靖国を参拝するのは当然だ」という論が目立つ。しかしそう主張した先に何が待っているか、よく考えてもらいたい。正しい、間違っているの話ではない。笑顔で手を差し出せば、向こうがそのまま握り替えしてくれるとも限らない。大事なのは、たとえ好かない相手とでもうまくやる、という事である。

○日本の歴史認識と教育

現在首相が問題なく公式参拝する方法を考えた場合、A級戦犯の分祀をする他ない。遺族と靖国が拒否しているものの、実行できれば中国と韓国からの批判はなくなる。首相や天皇が堂々と参拝する事も可能となる。しかし、それで問題の全てが解決するわけではない。なぜなら、戦争責任はA級戦犯以外にもあるからだ。

A級戦犯については、私は結果責任と述べた。戦争終結時に敗戦国の上層部にいた人間は、罪に問われて然るべきだ。だが、彼らに日本の対外戦争の責任を全て被せるのは、無理な話である。どんな出来事が影響を与え、誰の決断で国が動いていたか振り返る必要があった。しかし、日本はそれをやらなかった。『一億総懺悔(ざんげ)』という言葉を遣い、国民全員に責任を負わせたのである。ただ「誰か特定の人間ではなく、みんなが悪い」という考え方ほど無責任なものはない。時間が経つ中で罪の意識は薄れ、戦争については「とにかく悪い事をした」という漠然とした認識しか残らない。
その曖昧な歴史認識は、教育にも反映されていると感じる。小中学校で習った歴史を思い出して欲しい。日本史はどこまで学んだろうか。多くの人は明治維新、せいぜい日清戦争までだろう。1年間勉強しても、その先へ進めないのだ。授業時間が減っている現在なら尚更である。近現代史をしっかりと学んでいる人がどれだけいるのか、正直疑問である。

こういった状況で靖国問題について意見を持つ事は難しいのではないだろうか。自分の気に入った知識人・政治家が喋る事を支持するだけで終わってしまうような気がしてならない。しばしば報道される新しい教科書を作る会の教科書についても、論ずるには相応の知識が必要である。まず国としての歴史認識をハッキリさせ、それを教育に反映させる。靖国参拝が可能であってもなくても、その事は抑えておかなくてはいけない。私はそう考える。

○小泉首相は靖国参拝をするのか

マスメディアの報道によれば、今年は戦後60年という節目の年であり、参拝する可能性が非常に高い。日付は8月15日かその前後。公的か私的かはわからない。ただ近隣諸国との外交については、何1つプラスになる事はないだろう。
首相の参拝については時々裁判を起こされるが、司法の判断は違憲(もしくは違憲の疑い)が主流。少なくとも、合憲という判決が下された例は1つもない。三権分立を考えれば総理として判例を尊重するのが自然だが、これまで同様無視する事が濃厚である。

終戦記念日まで、あと5日。
靖国問題について、あなたは何を思うだろうか?

***************
結局8/15に小泉純一郎は参拝しなかった。理由については「適切に判断した」としか記者団に語らなかったが、総選挙を控え参拝反対派から攻撃されるのを恐れた模様(同時に賛成派からの票を失ったかも?)。この日靖国神社には開門前から多くの人が訪れ、その人数は20万人にも達した。石原慎太郎東京都知事が訪れると一部から「石原コール」が巻き起こり、神社外では「靖国神社は解体せよ!」と叫ぶ人々がいた。賛成でも反対でも、死者は静かに弔いたいもの。お盆とは、もともとそういう日ではないのか。
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■コメント
ハム
- 2005/08/11 17:41
私は靖国神社行った事ないいですけど、去年か一昨年、うちの父親がなんか招待されて行ってました。祖父は戦死したわけではありませんが、戦争から帰ってきてすぐ結核でなくなったので戦死と見なされたみたいですね。 私もアメリカにいたとき、同じ学校にたくさん韓国や中国からの留学生がいて、話をすると必ず ”日本が昔韓国(中国)に何をしたか知ってる”って聞かれましたね。実際、私は日本人は漠然と悪い事したとしか思ってなくて、詳しく教わった記憶もないからどんな事言われて攻められるのか不安で、黙って話し聞いてましたね。 ”大事なのはたとえ 好かない相手とでもうまくやる、という事だ。”これは私もほんと同感です。日本だけでなく近隣国々もそういう考え持ってくれれば良いですね。それなりに歩み寄らないと平行線のままだしね。

★長い記事を読み、そしてコメントくださってありがとうございました。お祖父さんは柱の1つとして祀られているんですね。選定については、曖昧な部分もあるかもしれません。 アメリカにいらした頃の話ですが、他の人からも同じような体験を聞いた事があります。そういう会話をする時って、国民の歴史観が出ますよね…。ハムさんのコメントを読んで思い出した事があったので、「日本の歴史教育と認識」の部分に、加筆しました。 好かない相手とでもうまくやる、というの人間のコミュニケーションでも大事な事ですよね。家族・同級生・同僚といった、どうしても付き合わなくてはいけない人達が皆好きな人って事は、まずないでしょう。ましてや因縁浅からぬ隣国との付き合いとなれば、尚更。この先うまくいくといいんですが。

Ray - 2005/08/12 1:45
興味深く読ませていただきました。 僕も先学期末、「日本におけるナショナリズムの変移」というレポートを制作したときに、ちくま新書の「靖国問題」と小林よしのりの靖国感についてなど、全く違う立場の意見を調べたのでkの問題については興味あります。あくまで個人的な主観ですが、A級戦犯の問題とかよりも、「軍人のみ祀る」という発想自体が自分としてはあまり賛成出来ないものですね・・。 沖縄の平和の礎みたいな追悼施設なら受け入れやすいのですが・・・。あと、各国巻き込んだ議論の割には、ぶっちゃけ、多くの日本人は関心ない問題かもしれませんね。恥ずかしながら、今年、社会学の授業の一環で見学するまでどこにあるのかも知りませんでしたし・・。靖国通りのどっかかな・・・と。汗 ハムさんも書いていますが、「大事なのはたとえ 好かない相手とでもうまくやる」は僕も納得、というより授業でもたびたび主張していることです。 アメリカいた頃、同じ寮の韓国人と歴史問題とか大いに語れたのが懐かしいです。今、そういったリベラルな議論が全くと言っていいほど行われてないのが悲しいですね。 少なくとも自分たちはお互いの国と互いをRespectしてました。

★そういえば、大学で日本の近現代史を学んでいると書かれてましたねー。私も高橋哲哉『靖国問題』は読みましたよ。資料として、書く時に参考にしました。資料といえば、この件に関しては本当にたくさんありますよね。調べていて疲れました。 日本人の関心、ですか。うーん、ものすごくある人とない人にハッキリと分かれるでしょうね。全体的な数としては、後者の方が圧倒的に多いと思います。しかし、この時期多くのメディアが集中的に扱っていますから、考える人は増えている気がしますね。 アメリカ留学時代の韓国人の友達については、前に記事で書かれていましたよね。そうやって個人同士 Respect出来る関係を作る事が、恐らく互いの国を認め合う事につながるんでしょう。それはいつの時代でも変わらない気がします。

Y氏 - 2005/08/12 7:13
自分も靖国にはまだ行ったことがありません。昨年大学の講義で見学に行くはずでしたが、どうしても、バイトが休めなかったので行くことができませんでした。 日本史の授業ていう本当に進みませんよね。Yの高校ていううか、クラスは、一応第2次大戦前後まで進んだのかな? でも、内容を教えると言いより、受験の為100%暗記・・・みたいな授業でしたが・・・ それでは、歴史の本質なんて見えてこないですよね。それに、受験が終われば、忘れてしますわけですから・・・・大学の日本史の授業もそうです。結局は、教授が好きな時代の歴史のうんちくを聞かされるだけですからね。どこが、高等教育なのか・・・・て話です。 ところで、やはり、小泉さんは15日に参拝するのでしょうかね?きっとするんでしょうね。個人としては、いろんな思想はあってもいいとは、Yは思います。ただし、例え私的参拝だと言ったとしても首相、国のトップと言う肩書きは,嫌でも付いて来るもの。首相の間は参拝すべきではないです。逆撫でするようなことではなく、近隣諸国とは、やはり手を取り合うことを考えてほしいものです。もちろん、近隣諸国も、そう考えてくれれば良いのですね。

★教育に関しては「誰が」「何を」「どう」教えるか、がポイントになるわけですが、ちゃんと授業スケジュールに収まらない時点で間違ってますよね。また歴史を教える人間は、おっしゃる通り自分の好きな時代にこだわる人が多いですね。私の知っている高校の歴史教師でも、日本の戦艦についてばかり語っていた人がいました(苦笑) 歴史について暗記する事は悪い事じゃないと思うんですよ。覚える事って大体キーワードなわけですから。ただ、その知識は出発点であって、暗記した言葉と言葉をつなぐものを理解してかないと、ちゃんと学んだ事にならないでしょうね。受験で忘れてしまうのは、考えてみればもったいない話です。 小泉君は参拝するんじゃないか、と思います。今の彼は強気で手を打っていますから。首相の参拝について、賛成すれば右翼だ保守だ、反対すれば左翼だ核心だ、と言われますが、そう単純に言い切れた問題ではないと私は捉えています。

いっせい - 2005/08/16 10:33
靖国には死者の骨もなにも無い事を中国や韓国人は分かってるのかな?って思う。。恐らく 反対を叫んでる日本人でも知らない人も多いと思うが。。 また靖国に先の戦争で亡くなられた先人が祭られるっていってお参りに行く人もいるが、それをいうならば 千鳥の名も無き兵隊Aさんとかに俺は感謝したいと思うんだよな 俺は国立墓地は反対です、なぜならば、死者を参る 墓参りするって行為自体が宗教的行為だし、それに、無宗教も糞もないと思う。それに戦犯を分けるのも、日本人は死後まで罪を被るって考えは無いし、まぁーハルノートなんて叩きつけられたら俺でも同じ戦争をするけど彼らが悪かったとしても、死者にたいしてまで言うのは反対だしね。。 ごめん。。 コメントで書く内容じゃないよな。。またこの辺りも今度かたりましょう。。。 むかしブログに俺の歴史観を書いてました。。まだ完結してないけど過去からさかのぼってます・・ http://songxia.jugem.cc/?day=20040531 http://songxia.jugem.cc/?eid=51

★幾つかのソースを見る限り、靖国に関する情報は正しく伝わってないだろうな。伝えたくないという思惑も介在している気がする。 「靖国ではなく千鳥ヶ淵に行く」という人は少なくないな。アメリカのアーリントンとか、同じような存在だよね。 国立墓地をこれから作るのは難しいと思うけど、戦争が終わった直後なら可能だったと思う。靖国を廃止して、「戦争の被害者全て」という括りでやればさ。まぁ、今となっては詮無き事だけど。 歴史について君も色々と書いているね。ちと熱くなりすぎている気もするけど(笑)。続きはいずれ再会した時、かな。
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